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Coronary atherosclerosis in indigenous South American Tsimane: a cross-sectional cohort study
最終更新日:2017年4月5日
タイトル
南米在住・チマネ族は冠動脈の動脈硬化が極端に少ない
著者
Kaplan H et al.
掲載誌
Lancet. 2017 Mar 16(PubMedへリンクします。)
臨床問題
I (指標): チマネ族で冠動脈CT検査をうけた者(全705人・女性50%・平均年齢57.6歳・平均BMI 24.1kg/m2)。
C (比較対照):既報で冠動脈CT検査を受けた者(The Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis; MESA などの参加者。全13試験の既報結果)。
O (アウトカム): CT撮影による冠動脈石灰化(CAC)スコア。
研究方法
盲検化:観察研究につき、なし
試験期間:2014年7月2日から2015年9月10日まで。
結果
- 1214人の対象者のうち、40歳から59歳の者は集落ごとに全例CT調査するか・しないかに振り分けられ、416例が未検査。60歳以上の者でも67名のみ検査を行わなかった。検査実施群と、未検査群で性別、血圧、体脂肪率に差は見られなかった。
- 高血圧症、高血糖、高コレステロール血症はそれぞれ全参加者の10%以下と少ない。
- 白血球増多、赤沈値の延長、高感度CRP上昇の炎症所見は比較的多く見られる(理由は後述)。高感度CRPのカットオフを3.0mg/dlにすると48%の参加者がそれ以上の値を示した。チマネ族のCACスコアは非常に低く、596人(85%)がスコア0、 89人(13%)がスコア1~99、20人(3%)のみが100以上を記録した。冠動脈疾患の高リスクとされる400以上は1名にのみ見られた。
- 米国で行われた多人種のMESAコホートと比較すると、チマネ族は、CACスコアが1以上になるのに24年遅れ、100以上になるには28年の遅れが生ずる。
- チマネ族では高齢(75歳以上)でも、31人(65%)がCACスコア0、4人(8%)のみがCACスコア100以上であった。
- チマネ族でCACスコア1以上になることと正相関する因子は、年齢、男性、体脂肪率、高感度CRPであった。逆相関する因子は、インターロイキン10、インターロイキン5、単球数(1000あたり)、顆粒球数(1000あたり)、赤沈値であった。
MESAコホート | チマネ族 | |||
CAC=0 | CAC>100 | CAC=0 | CAC>100 | |
40~44歳 | データなし | データなし | 31/31 (100%) |
0/31 (0%) |
45~54歳 | 1469/1947 (75%) |
116/1947 (6%) |
275/298 (92%) |
2/298 (1%) |
55~64歳 | 1039/1882 (55%) |
311/1882 (17%) |
170/204 (83% |
4/204 (2%) |
65~74歳 | 727/2015 (36%) |
683/2015 (34%) |
89/124 (72%) |
10/124 (8%) |
75~84歳 | 180/965 (19%) |
491/965 (51%) |
31/48 (65%) |
4/48 (8%) |
コメント
- 平均収縮期血圧116.0mmHg、拡張期血圧 73.4mmHg、平均総コレステロール151mg/dl、平均LDLコレステロール93mg/dlと全体として動脈硬化リスクが高くはない集団である。
- 平均HDLコレステロールは39mg/dlとむしろ低い。LDL/HDLコレステロール比などを考慮しても、動脈硬化予防に大きく寄与しているとは言い難い。
- 造影剤を用いない、16列型CTによる、冠動脈の石灰化のみを測定している。造影剤を用いたさらに多列のディテクターCTによる冠動脈造影との質的な差は不明。しかし今回の研究のように既報と比較は行いやすい。
- あくまで、チマネ族のCT結果と既報の結果は別々の研究結果を参考までに比較したものである。直接比較ではない。
- 寄生虫感染などの結果か、炎症反応を示す、赤沈値、高感度CRP、インターロイキン5、インターロイキン10などはチマネ族で軒並み上昇していた。これらは先進国における既報では冠動脈石灰化と逆相関し、この論文結果とは真逆である。これは(慢性)炎症状態は、動脈硬化促進の必要条件だが、十分条件ではない可能性を示している。もしくはチマネ族の生活スタイルの他の面が、慢性炎症の悪影響を打ち消している可能性もある。
- 単純に低脂肪食、とはいえないが、肉や魚なども簡単な調理で食する民であり、加工食品などはほとんど手に入らない。その面では現代的な生活を改善するヒントになる可能性がある。
- エネルギー源として炭水化物が多いが、これも野生に近いもので、食物繊維が豊富で単純糖質が少ない、という特徴は動脈硬化予防に役立つ可能性がある。
- さらには身体活動量の豊富さが、チマネ族の動脈硬化の極端な低さにつながっていると考えられる。
- チマネ族の平均寿命は70歳と言われており、寄生虫感染などもあり、必ずしも長寿や無病の民ではない。
備考
チマネ族はアマゾン川の支流に住む、採食・園耕(forager-horticultural)の民である。摂取エネルギーの14%がタンパク質、14%が脂質、72%が炭水化物である。獣や魚を原始的な仕掛けで仕留めるのが主なタンパク質・脂質源である。コメ、プランテン、キャッサバ、コーンなどを焼畑農業で育て、野生のナッツ類や果物も食する。このように炭水化物は食物繊維が豊富で、単純糖質は少ない。身体活動量は豊富で、狩りは平均8時間、行動距離18kmに達する。園耕作業も手作業で鉄斧を用いるものである。一日で男性は6~7時間、女性は4~6時間、身体活動に費やす。上水道、下水道、電気はなく、鈎虫やランブル鞭毛虫など寄生虫の有病率は人口の三分の二以上と考えられている。